日本初の風景印(富士山郵便局、富士山北郵便局)
日本に初めて風景印が登場したのは、今から80余年前の昭和6(1931)年7月10日。富士山郵便局、富士山北郵便局の2局に配備されました。
<左>富士山郵便局
【使用開始】昭和6(1931)年7月10日
【図案説明】御殿場口よりの登山者の姿
<右>富士山北郵便局
【使用開始】昭和6(1931)年7月10日
【図案説明】北方より望む富士山
風景印ではない記念印(切手や葉書の発行時や行事の際に使用)は、明治の末ごろから使われていましたが、風景印の嚆矢となるような施策は、当時日本の植民地だった中国の関東州で、ひと足先に始まっていました。
関東庁告示第三十九号
昭和六年四月一日ヨリ旅行記念ノ用ニ供スル為左ノ通特殊通信日附印ヲ使用ス
昭和六年四月一日 関東長官 塚本清治一、使用局所 大連、沙河口、旅順、新旅順、鞍山、奉天、撫順、遼陽、鐵嶺、長春、安東縣各郵便局、大連山縣通郵便局埠頭出張所及鞍山製鐵所構内郵便所
一、使用方法 旅行記念ノ為押捺ノ希望ヲ以テ特ニ当該郵便局所の窓口ニ差出シタル料金完納ノ書状及郵便絵葉書ノ引受ニ使用ス 尚旅行者ノ希望ニ依リ料金完納ノ郵便葉書並一銭五厘以上ノ郵便切手ヲ貼付シタル物件ニ対し記念消印ノ需ニ応ズ
こうした流れを受けて、日本の本土にも風景印が導入されます。
逓信省告示第千四百号
郵便官署ニ於テハ明治四十二年十二月逓信省告示第千三百八十六号ニ依ルモノノ外名勝史跡等に因メル図案ヲ挿入シタル通信日附印ヲ使用ス
其ノ使用方法、使用局所並形式等左ノ如シ
昭和六年七月七日 逓信大臣 小泉又次郎一、使用方法
料金を完納シタル書状(無封ノ書状ヲ除ク)及郵便絵葉書ノ引受ニ使用ス但シ其ノ希望ヲ以テ郵便局所窓口ニ差出シタルモノニ限ル
料金ヲ完納シタル郵便葉書並記念ノ目的ヲ以テ一銭五厘以上ノ郵便切手を貼付シタル物件ニ対シ消印ノ需ニ応ズ一、使用局所、形式、使用開始期日
(略)
この時点ではまだ「風景印(風景入通信日附印)」という名称ではなく、「名勝史跡等に因メル図案ヲ挿入シタル通信日附印」と、少しくいかめしい名前で記載されていました。しかし、押印ルールはほとんど今と変わりません。
行事等の記念印とは異なり、風景印には使用期間の定めがないので、廃止されないかぎりいつでも押印できます。たった2局から始まった風景印は瞬く間に全国へと広がり、3年後には約350局、戦前の最盛期には約1,500局に配備されるに至りました。
ところでこの風景印使用開始の告示は、逓信大臣・小泉又次郎の名で出されています。小泉と聞いてピンと来るむきもあると思いますが、この人物は小泉純一郎・元総理大臣の祖父です。だから何ということはないのですが、郵政を民営化した人のおじいさんが風景印の使用開始に関わっていたということに、なんともいえない因縁のようなものを感じてしまうのは私だけでしょうか。
富士山局の風景印では富士山とその登山者の姿が描かれています。当時は、富士山といえども藁で編んだ蓑と笠に杖、そんな装備で登ったのですね。富士山が丸い枠から飛び出すように描かれているのは高さを強調するためでしょう。ただ、これは直径36mmを超えてしまっているので、現在だとNGです。当時はそういう面でもおおらかでした。
この図案の解説を、当時の風景印集から引用してみます。
「富士の日本か、日本の富士か」とまでうたわれて海外にまでその名をとどろかしている天下の名峰富士山。海抜一万二千四百六十七尺、その頂は八朶の秀峰に岐れ、前には太平洋の蒼海を控え、左右には大川を繞(めぐ)らし、その麓には八湖を湛えしめ、六十州の峻獄大嶺皆袖を列(つら)ねている。図は雲に聳(そび)ゆる富士と登山の状を写したるものである。
(「趣味の風景通信日附印集」逓信協会編 昭和八年発行)
一方、富士山北局の解説はもう書くことがなくなったのか、あっさりしています。
富士の雄大、荘厳、端麗……については筆紙のよくするところでない。図は北方より望む代表的富士の秀麗。
(同書)
湖越しに富士山の姿が描かれていて、よく見ると、ヨット(というか帆掛け船)が水上に浮かんでいます。図案説明には「北方より」としか書かれていませんが、おそらく西湖あたりから見た富士山ではないでしょうか。
さて、富士山郵便局が開設されたのは、明治39年7月30日。現在の富士山頂郵便局の前身ですが、その場所は山頂ではなく八合目でした。
逓信省告示第三百十一号
本日ヨリ左記三等郵便局ヲ設置ス。但普通通常及普通小包郵便物ノ引受並交付ニ限リ取扱フ
明治三十九年七月三十日 逓信大臣 山縣伊三郎名称 富士山(フジサン)郵便局
位置 富士山麓吉田口(山梨県南都留郡福地村)及須走口(静岡県駿東郡須走村)ヨリ八合目
当初はまだ季節局としての開設時期が定まっていなかったようで、同年の9月7日をもって廃止し、吉田郵便局に事務を承継する、という告示が出ています(逓信省告示第三百八十四号)。
翌年になると山頂に郵便局が設置され、こちらを富士山郵便局と称し、前年に設置された八合目の郵便局は富士山北郵便局と改称しました。
逓信省告示第四百十四号
本日十六日ヨリ左記郵便局ヲ設置シ普通通常、普通小包及書留小包郵便物ノ引受並交付ニ限リ取扱フ
明治四十年七月十三日 逓信大臣 山縣伊三郎名称 富士山(フジサン)郵便局
位置 富士山御殿場口頂上
等級 三等名称 富士山北(フジサンキタ)郵便局
位置 富士山吉田口及須走口ヨリ八合目
等級 三等
その後、毎年の開設期間が定められ、両局ともに定期開設の季節局となったのは、大正11年の夏です。
逓信省告示第千二百六十号
富士山郵便局並富士山北郵便局開設期間及各種事務取扱時間ヲ左ノ通リ改ム
大正十一年七月五日 逓信大臣 子爵前田利定一、開設期間 毎年 自 七月十日 至 八月三十一日
二、取扱時間 自 午前四時 至 午後五時
取扱時間が朝の4時から夕方5時まで、というのは、ずいぶん長いですね(現在、富士山頂郵便局の営業時間は6時から14時まで)。
そんな両局も昭和18年、戦局の悪化にともない閉鎖されることになります。
逓信省告示第七百五十七号
左記郵便局ハ当分の間閉鎖ス
昭和十八年六月二十八日 逓信大臣 寺島 健名称 富士山北郵便局
位置 山梨県南都留郡福地村名称 富士山郵便局
位置 静岡県富士郡富士根村大字粟倉開設期間 毎年 自 七月十五日 至 八月十五日
不要不急の郵便局ですから、当時としては仕方なかったのでしょう。
戦後、富士山局は富士山頂局と改称して昭和24年の夏から、富士山北局は昭和25年の夏からそれぞれ再開されました。再開にあたって風景印も配備されましたが、富士山北局は、残念ながら昭和38(1963)年に局自体が廃止されています。
世界遺産に登録されたことで、いっそう注目を集めている富士山。風景印の歴史もその富士山から始まったというのが、ちょっとうれしいですね。
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Comment
こんにちは 初めてコメントを投稿いたします。よろしくお願いします。
この昭和6年7月に配備されました、冨士山頂風景印を興味を持って拝見させていただきました。 大変僭越ですが 実は 以下のことをご存じでいたらどなたかに教えていただきたいと思いまして投稿いたしました。
私は静岡県冨士宮市在住です。先祖(私の祖母の父)が当時大宮町に住んでおりました。以下は 先祖のお孫さん達から聞いたり、お孫さんが思い出を綴ったもの、あるいは当時の写真などを根拠にこのコメントを書いております。
1、明治41年4月 駿州大宮町(先祖自宅)に郵便局舎を自費で設立
(新築記念の写真があります)しました。当時の建物としては大変
モダンで赤レンガの局舎であったと書かれています。先祖様が局長に
なり、局員十数名(配達員数人、電話交換手4名位、等)だった。
お孫さんは 電話交換手のそばで遊んでいたと綴っております。
2、明治42年冨士山頂の郵便局の開設で ご長男が大宮町の局と兼務でそこ に勤めたこと。 などの記録が残っております。
そんなことから 2009年に7月10日に発行されました「富士山頂郵便局開局100周年記念」切手シートの上段に 当時の山頂局の写真帳(4,5枚)があり、そのトップに関係者も写った大きな写真帳があります。
①これはいつの写真帳なのか 開設時のものなのか?もし当時の写真なら ご長男が写っているのではないかな?
②また トップの大きな写真帳の原板はどこに行けばみられるか?あるいは
コピーが入手できるのか ご存じでしたら 教えていただきたいと思いま す。
こんな事情で投稿しました次第です。よろしくお願いします。 以上
>熊崎さま
はじめまして。コメントありがとうございます。サイトを運営しております、ていしゃばと申します。
ご先祖様が「駿州大宮町(先祖自宅)に郵便局舎を自費で設立」とはすごいですね!赤レンガの局舎、拝見してみたいです。
さて、お尋ねの「切手シート上段の写真」の件ですが、この写真は、開局当時発行された絵はがきからとったもののようです。
下記のブログに、その絵はがきの大きな写真がありましたので、よろしければ参照してみてください。
▼富士山郵便局開局記念絵はがき2枚
http://blog.goo.ne.jp/m8181/e/8b9148e31ee061e673b1c78c1b3896dd
絵はがきですので、元となった写真があったのだと思いますが、原版がどこかで見られるかどうかは不明です。
ただ、絵はがきの実物は、根気よく探せば見つかる可能性はあると思います。
私が調べた限りでは、このような情報がすべてです。
お役に立ちましたら幸いです!